通販人材バンク

登録

初期の通販事業とカタログ通販

スクロールオンライン CRM職

ECサイトが生まれた初期の頃のヤフージャパン

スクロールオンライン 三越伊勢丹通信販売 カタログハウス ニッセン

郵便制度と大手百貨店の通販事業

通販業界の初期は、近代日本が郵便システムを構築してきたところから始まります。
初期の頃からニーズ要望が出てきており、いかさまな商品を強引に売り出す企業もあったようです。
しかし、今のようにカスタマーサービスが発達しているような業界ではなく、
消費者との関係性は今のように業界や企業と近しいものではありませんでした。

また、郵便制度の発達と共に物流インフラも並行的に整備が進んでいきました。
1899年、三井呉服店(現:三越伊勢丹ホールディングス)が外売係通信部を。
そして、同年に高島屋も地方係を設置し、大手百貨店の一部門が注目し始め、
創業が古着・木綿商である高島屋が、1902年にはカタログを使用し、呉服を取り扱うようになりました。
その当時からカラー表紙を使用し、月刊誌でした。
東京店(現在の日本橋店)に進出してきたのが1900年でしたので、
高島屋としての経営判断の中で重要項目であったことが見て取れます。

1900年前後には、カタログ通販と並行して広告雑誌が大手百貨店の白木屋(現:東急百貨店)や三越呉服店から創刊され、さまざまなタイトルで消費者との接点を求めるようになってきました。 種苗、日本茶などの老舗通販業者が登場し、有名人を起用したカタログ広告も登場してくるようになります。

戦後のカタログ通販

第二次世界大戦。
ここで通販業界は、一時的に途切れてしまいます。
しかし、戦後直後から通販業界は再び動き出し、カタログ雑誌の中には戦後直後の苦しみの中、
カタログ通販を楽しみにする消費者の喜びの声や男女同権が叫ばれ、
新しい社会の始まりに希望を持つ女性たちからの声が掲載されるようになりました。

戦後、朝鮮戦争の特需や神武景気、岩戸景気を経て、千趣会が台頭してきます。
千趣会は、100円こけし、調理クッキング商品のヒットを重ね、
小物、家電、インテリア雑貨、食器など商品ラインナップを拡大しました。

武藤衣料(現:スクロール)は、浜松市内の縫製加工企業から衣料品の卸を経て、
トッパーと呼ばれる婦人用の和服にも着れる上着が大ヒット。
全国の婦人会からの注文で売上げを伸ばしました。

日本捺染の子会社である日本染芸(現:ニッセンホールディングス)、
ディノス(現:ディノスセシール)、東洋物産(現:ディノスセシール)、
日本ヘルスメーカー(現:カタログハウス)もカタログ通販事業から日本を代表する通販事業会社へ成長していきました。

通信教育ユーキャン

通信教育のユーキャンは、元を東京人形学院と称し、人形のジオラマモデルキットを販売していました。
和服の日本女性の部品を梱包し、通販消費者へ発送。
消費者は、その部品を組み立て、ポージングを自分の思う発想で決め、ジオラマに設置して完成させていきました。
この完成した人形を写真撮影し、「技術返信」を利用し、講師からの技術指導を受けられるシステムでした。
この頃から添削システムが確立されており、高校受験や大学受験、
また社会人になってからの資格取得の通信教育事業に育っていきます。


カタログ広告・DM・同梱物・チラシ広告(紙媒体制作)の求人一覧

<< 前のページに戻る

通販業界の求人カテゴリ

注目の通販コラム

アクセス

通販人材バンク
受付:09:30〜18:00
定休日:土日祝

〒103-0007
東京都中央区日本橋浜町2-61-11飯森ビル7F
地下鉄都営新宿線「浜町駅」徒歩30秒

広告